A.Scriabin: Piano Sonata No.5 185小節目から188小節目にかけての長三度転調

これまでとは違って特定のクラシックの楽曲の特定の部分について書きます。


20世紀ロシアの作曲家アレクサンドル・スクリャービンのピアノソナタ第5番は僕のとても好きな曲の一つで、以前ピアノの発表会で演奏したこともあるのですが、その中に面白い(ある種の)長三度転調があることを以前から認識しており、それについてここに言語化しておきたいと思います。


この曲では全体的に Dominant 7th を短三度ずつ動かしていくという進行がたくさん出てきます(それらの和音は実際の形は 7th sus4 であったり、神秘和音(7th(#11))であったりしますが)。これはある種の中心軸システム(バルトーク)と言えるかもしれませんし、バルトークの名を出すまでもなく、短三度ずつ離れた和音を同じ機能を持ったものとみなす考え方は、調性音楽のさまざまな特徴から自然に導かれると私は考えています。

一方で、長三度転調は、いわゆるバークリーメソッドに登場する論理から説明することは、短三度転調(裏コード・サブドミナントマイナーなどから説明できる)よりは難しいと思われます(だからこそ Coltrane Change などといった特別な名称が与えられているのだろうとも思います)。


ここで、短三度転調は往々にして、Dominant 7th (b9) に含まれている dim7 の和音を軸としてなされることに注意すると、長三度転調はそれと平行して、何らかの和音に含まれる aug (増三和音)を軸として行えば、dim7 を軸として行われる短三度転調と同じような自然さをもって実現できると考えられます。和音に含まれる aug の出所はいろいろと考えられますが、Dominant 7th にテンションノートが付く場合、その中に現れうる aug は、全部で4種類ある aug の和音のうち、Major 7th の音が登場するもの以外の3種類、すなわち
  • 1度(root)、3度、b13
  • b9、sus4、13
  • 9、#11、7度
の3種類であり、これらを軸とすれば長三度転調が自然に行えると考えられます(もっと言えば、3種類あるおかげで、任意の調への転調も行えることになると思いますが、ここでは同じ度数にある和音への読み替えのみを行うことにします)。


話題を戻すと、表題の箇所では、このうち、b9、sus4、13の3つの音がなす aug の和音を軸に、長三度下へと平行移動しています。少し前の183小節目から少し後の190小節目までの譜面と、それを弾いてみたものは以下の通りです。コードは便宜的なものです。

185小節目は C#aug/G#7sus4 というようなコード、187小節目はそれを長三度下げた Aaug/E7sus4 というようなコードです。ただし aug はシンメトリカルなので、ここでのルートの選択には必然性はなく、C#aug = Aaug = Faug であり、上に乗っている aug の和音を共有したまま G#7sus4 から E7sus4 に下りている、と言うことができます。

これが面白いと思ったのでここに記しました。

言葉にすると単純であり、またこのような解釈のみを許すわけでもなく、考えるべきポイントはたくさんありますが、このようなアイデアは汎用性も高く、たとえば Giant Steps などを演奏する場合にもなんらかの応用が利くと考えています。



また、この曲は増三和音を構成する三音が様々なところでモチーフとして用いられており、短三度転調とアッパーストラクチャーの増三和音が合わさることで、短三度ずつ動いていくのに対応して増三和音が半音ずつ上がっていくという様子もよく見られます。上の箇所の近くでは、190小節目から206小節目にかけてです。そちらについても機会があれば書いておきたいと思います。



6月の演奏予定の方もよろしければご覧下さい↓

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